FC2ブログ

プロフィール

ちゃびん

Author:ちゃびん
2008年10月にアスペルガーと診断され、納得の人生が始まった・・・・


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム



練乳の蓋ができていませんでした。
苺にかけようとしたら蓋に満杯にこぼれていて写真は箸でほじくって苺にかけたところ。
それでももったいなくてコーヒーの中で洗って飲んだら、あらベトナムコーヒーじゃあ~りませんか。
こういう時は大抵玉突き事故を起こすのが私の日常だが、今回のは、素敵な玉突きでした
(^o^)/
スポンサーサイト




目が合っちゃったんだよね、衝動買いのポシェット、生なりの帆布に鮮やかな蓮の花が刺繍で刺してある。
代わりに使っていたポシェト、少しくたびれていたけど丁寧にホテルに残してきた。
もし、清掃係の方が気に入って使ってくれたら嬉しいです


日本ではとても行けない金額、思いっきりお姫さまになってきたよ。
マッサージの後、軽食をいただいたプールサイドにて

           


夫が仕事で日本に戻ったあともスケッチがしたくて2泊のひとり延泊。
ホーチミンの古いホテルをスケッチした

好きなもの




旅に出るとマンホールが好きでよく写真に撮るが今回は見当たらず、2番目に好きな鉄塔の写真を。
私が猫ちゃん鉄塔と呼んでるもの。やはりデジカメから。
2枚目は自分用のお土産に買った電線Tシャツ。
夫が先に男物を見つけて買ったのでお揃いになった。
3枚目の写真は10年前に神保町でのスケッチ、ぐじゃぐじゃ電線が好きで描いている。

旧正月のお祝いで


昨夜から公園の方が騒がしかったのだがいよいよ13日の夜は公園のお花やオプジェで飾られた長さ約1キロが夜の8時に開放された。
道路も封鎖されたので目の前のスーバーに寄ってホテルに戻りたいのに、ぐるっと海の方に回って戻った。
結構時間も遅くなり(8時近く)夜歩きにも慣れたので今夜は公園のカフェのテラスでお祝いを見ながらの食事にしてみた。
8時になったので飲みかけのビールをテーブルに置いて公園がよく見える所まで出てみた(振り返ったら、丁度食事が運ばれてきていて、店の人を驚かせてしまったみたい)。
数分待っても始まらないのでさっき警備の人が8時と言ったのは聞き間違えかと戻って食べ始めたら、花火がババーンと上がり10分遅れで始まった。肝心な時を待てない私。
食べ終わって人混みを歩くと丁度プロジェクションマッピングが終わったのに気づく。肝心な処にありつけない私。
残念さと、ベトナムの人が殆どプロジェクションマッピングに関心がないことに驚きつつ歩いて戻ろうとしたら、再び大音響と共にプロジェクションマッピングが始まり30分もの大作を見ることができた。
ベトナムの歴史にも触れつつ、最近の開発・発展に力を注いだ作品になっていた。
私は戦後15年経って生まれた。
今ベトナム戦争戦後15年生まれと言えば1990年生まれ、26~27才ぐらいか。
社会に出て働いて、結婚したり子どものいる人もいるだろう。
ベトナムは今は平和、血を流すことなくこの平和は得られなかったのか?
プロジェクションマッピングを見ながら涙が止まらなかった




オペラ座でショーがあると夫がネット予約してくれたので見に行った。
どちらかと言えばオペラ座内部を見るチャンスと思って行ってみたら、何とシンプルで素敵なショーだったこと!
竹をモチーフに、長い竹を登ったり滑り降りたり、竹で編んだでっかいザルの上 で跳ねたり、ザルの枠に掴まって廻ったり、コミカルなパントマイムのドラマあり、生演奏あり、で20人近い若者が身体を駆使しての1時間、人間って凄いな、と思った。ジャンルと言えばサーカスになるのかな?
1枚目は夜のオペラ座。2枚目は天井の飾り、3枚目は私のスケッチ、4枚目はAOショーのポスター(をデジカメで撮影したものを携帯で撮影した。もともとPCでブログを入力していたら長男が携帯からアップする方法を教えてくれて長年携帯からしか打ってなかったらPCからのやり方を忘れてしまったのでデジカメの写真がアップできないのであ~る)。
ホーチミンに行かれる予定のある方は是非チケットを予約して見に行って下さい。
ところで、このショーの前にご主人がベトナム駐在となった友人(といっても16才の息子の方をよく知っているのだが)に図々しく連絡を取って食事に連れて行ってもらった。
雑居ビルの入口からは想像もつかない、ガラス張りの屋上テラスレストラン。
感激至極でありました。
揚げ豆腐と海老の唐揚げ、薩摩芋の茎の炒め物(戦時下に薩摩芋とカボチャの茎を食べて育った父は、腐りかけた物は勿体ないと食べるのに薩摩芋とカボチャを苦手としていたのを思い出した。ニンニクで炒めらたのを食べてみたら、ヌルヌルしてないツルムラサキみたいだったな)と蓮の葉に包まれた蓮の実の焼き飯食べて満腹に。
食後に若い友人がカフェに案内したいから、と連れて行ってくれたのが、またまた怪しげな路地を入って階段で上に上がると、お洒落なセレクトショップの中にカフェがあり、エスプレッソコーヒーを飲んだ。
見ると大きな鉄の扉があり、日本で言う処の蔵をカフェにしたような場所。
後からガイドブックを見ると載ってはいたけど入口を見て引き返しただろうな、と思った。
で記念写真を撮っていたら、横のテーブルの初老のご婦人が「撮りましょうか」と英語で話しかけてくれたら、そのタイミングで店の人が来たので彼に頼んだ。
そのご婦人にはお礼に私の描いた桜の花のポストカードをお渡しして別れたら、何とオペラ座でも近くの席、翌日テラスでビールを飲んでいたら、通りがかって、お互いにびっくりしながら手を振ったのでした。
私たちって、意外に同じ人とよくすれ違っているのかも(話しをすれば覚えているけど話さなければ知らないまま)と思った瞬間でした。


夫の出張に時間差で出発、前の夜遅くホーチミンに直行便で到着。
初めての朝、1人で朝ごはんを食べていたら、ボーイさんから「おはようございます」と話かけられた。「どうして日本人とわかりましたか?」と尋ねると「日本語、少ししかわかりません」と言ったので英語に切り替えて再度質問するとなんとなくわかるんだそうです。
でも、ベトナムの人ってタイの人より、日本人に似てる。
不思議。
食べ終わってから、昼過ぎにダナンから来る夫を待つ間少し町歩きをした。

絨毯ネタで



丸い青海波(せいがいは)のようなのは、泊まったホテルの1階(実際は日本でいう2階)の床。
青海波と言えば、この前(昨夏)次男が上司の家にお呼ばれした時の写真を見せてくれて「あら、上司の○○さん、青海波のアロハシャツっておしゃれね」と言ったら
「青海波って何?」と訊いてくるので
「あんた青海波も知らないの、恥ずかし~」と言ったら早速携帯でググって
「あ~これね、Wi-Fiに似てるよね」と言うので今度は私が
「Wi-Fiのマークってどんなの?」と効いたら
「Wi-Fiのマークを知らないなんて恥ずかし~」と次男から仕返しをされたよ。
ところで、2枚目の写真はホテル2階のフロアー、石がモザイクに貼ってあるのが素敵でしょ


何だかユーモラスでまるで芝生のような気分。
本当はここで作戦会議や要人を招いての駆引きが成されたのだろう。
地下は堅牢な作りでシェルターのようだ。
日本語のガイドレシーバーを借りたけれど不勉強がたたり、半分も未消化で、翌々日、1人になってから戦争証跡博物館に行ってみた。
こちらは、ガイドレシーバーがなく、英語を読まねばならなくて、英語力不足でやはり未消化。
それでも石川洋文さんの写真コーナーは日本語解説がありオアシスのように読み漁る。
枯れ葉剤の影響が酷いことは知ってはいたが孫子の代まで延々と遺伝するとは…。
それで前の日見た子ども病院は大きかったのね。
アメリカ兵で枯れ葉剤浴びた人の中には国と製薬会社を相手どって裁判を起こし、補償を勝ちとっているが、同じくベトナムの人が裁判を起こしても却下されたという。何故?

クチトンネルも前日見たが、ベトコンと呼ばれたゲリラ達の賢さ、必死さ、勤勉さ(17年以上かけて全長240キロの地下3階建のトンネルを堀り、アメリカ兵の為の落とし穴をトンネル内に仕掛け(私なんて自分で掘った落とし穴に落ちたくらいだからゲリラにはなれないだろうな)、合間を縫って作物を育て戦い抜いたのだからひたすら脱帽。
その子孫である現在のベトナムの人は親切で誠実で勤勉で気持ちが通じる人ばかりのように思う。
日本語や英語は通じなくとも。
今回で初ベトナムだったけどぞっこん、ベトナムが大好きになりました


これが中央郵便局の土産物屋で購入したおさかな巾着

中央郵便局前で民族音楽(?これが純粋にベトナム音楽かどうかわからなかった。ちょっと中華も入ってるかも)の演奏会。
日本人にもいそうな理系のお兄さん。
琴のような音色で、でも琴線はなく奏でていた。まるでテルミン。
テルミンをご存じない方のために、シンセサイザーの原型とも言われている楽器で幽霊が出現する場面でよく使われる音。
ソ連時代にアメリカに渡ったテルミン博士が磁場を操って音を出す楽器を開発した。一説には彼は二重スパイだったとも言われている。
20年以上前にドキュメンタリー映画「テルミン」を見た。
結婚目前に失踪(ソ連への帰国命令が突然出たのか?)せざるを得なかったテルミン博士と婚約者が40数年を経て、ヨボヨボで再開するも、時を取り戻すかのような熱い抱擁に涙したのを思い出す。是非ご覧あれ。
ところで中央郵便局は、駅があるのかと入ってみたら、現役の郵便局と土産物屋が合体していた。
魚の形の可愛い巾着袋を買いました。昔のサイゴン駅だったらしいが旅行ガイドには駅みたいな郵便局と紹介してあるのみ

夫の出張に時間差で出発、前の夜遅くホーチミンに直行便で到着。
初めての朝、1人で朝ごはんを食べていたら、ボーイさんから「おはようございます」と話かけられた。「どうして日本人とわかりましたか?」と尋ねると「日本語、少ししかわかりません」と言ったので英語に切り替えて再度質問するとなんとなくわかるんだそうです。
でも、ベトナムの人ってタイの人より、日本人に似てる。
不思議。
食べ終わってから、昼過ぎにダナンから来る夫を待つ間少し町歩きをした。

蝉の抜け殻


実家の電話の分電盤?の横に柱をはい上って脱皮したんだね。
木であれば生きてなくてもいいのかな?
蝉のおかあさんは、この柱のそばに卵を産んだのね。生きている木だと思って。
ここで羽化した蝉にも、生まれや育ちと関係なく蝉の人生が全うできていればそれでいい。
夏はとっくに終わってこの蝉は死んでしまってるけど子孫に幸あれ

インテリア・コーディネーターのためのカラーセミナーに出て似合う色診断をしてもらったら、オータムで、中でも明るい色がいい、と言われた。
で、手帳に挟んで持ち歩こうと、開いたら、なんと昨年11月に選んだリバティプリントの手帳は、似合う色でちりばめられていたのだ!
お主、なかなかやるな、と自分に突っ込みを入れた瞬間。
ちなみに、しおりの紐はすてきなミント色なんだけど、水筒のコーヒーか弁当の汁が漏れて、先っぽが茶色に染まっているのがご愛嬌

ハサミで切って、皿に移そうとしたら、ザッパリ、Gパンに汁がかかって床にもぷちまけちゃったよ。
あ~も~、いやになっちゃう

生協では、裏側がアルミの野菜ジュースの紙パックも回収しているので、切り開いて、ジュースをせせって(これは方言か?標準語ではすすって?)いたら、ゲホッと噎せて、台所中に血飛沫のように飛び散り、掃除が大変だった。
あ~も~。

袖の修理


そで繋がりで。
夫に随分前から頼まれていた革ジャンの袖口をミシンがけして修理した。
右が修理した右袖口。
左が、これから修理するボロボロよれよれの袖口。
リバーシブルなので、ちゃんと赤は赤く、黒は黒くなるように三つ折りにたたみこんで、上糸を黒く、下糸は赤く、で仕上げた。
どうよ!
我ながら会心の出来栄えです

こぼしたり、汚したりは私の日常茶飯事だが、薄い色のコートの袖口の汚れは半端ない。
何で~?と振り返ってみて、犯人はエスカレーターのベルトかも?と思い当たった。
せっかちなので、ベルトを触りながら右を上ったり下ったり。
でも、それなら左右で右だけ汚れるはずだから、左右共に同じくらい汚れているからやっぱり違うのかな、と謎が深まるばかりです


Powered by FC2 Blog