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Author:ちゃびん
2008年10月にアスペルガーと診断され、納得の人生が始まった・・・・


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ブロとも申請フォーム


まず、自分の降車駅の括りが千葉方面でなくなっていて狼狽えた。
次に、大人、子どもの人数を押すところのデザインが前と違ったので、既に大人1のところ子ども1追加して値段が違って間違いに気付く。たったこれだけの変化だが、上書き保存ができずに、3年くらい乗るたびに動揺し、慣れたら又新しいインターフェースになってしまう。
こうやってエネルギーの消耗をしながら私はやっとこさっとこ生きているのだ
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臭う

夫が呑んで帰って来た。
臭かったので「烏賊食べたやろ?」と訊くと「いや」と一度否定したあと「烏賊の塩辛食べた」と白状した。
私の鼻は犬の鼻。スニッファーズというドラマそのもの。
警察ドラマには「この人、発達やろ」って人ゴロゴロいるねんな。
日曜日に織田裕二がやってるあの人も!
ちなみに゛私は烏賊を食べるのは大好きなのに他人が食べてる臭いが許せない、何故だろう何故かしら

麦茶をこぼした


頑張ってやっとこさっとこ取りに行った証明書だったが、麦茶をこぼして封筒を汚した。
開封無効だから封筒を取り替えられないし…とほほ


まず、台所に駆け込んで夕飯の支度をしようとしらた、まな板を右足親指の付け根に落としてアヒ~!となり、
食べ終わったと思ってみかんの皮をいれた器にはチンゲン菜の煮浸しが残っていたし…アチャチャみかんの皮を除けて食べたけど、失敗をしたあとには次々に玉突き事故を起こしてげんなり

茗荷谷は禁忌



結局Suicaは茗荷谷駅の改札を通った直ぐのところに落ちていて、駅事務所に取りに行くことにした。
何と保管は3日間で飯田橋のメトロ全体の遺失物問合せ所に集められ、更に3日後には飯田橋警察署に移動すると言われて。
2週間後には茗荷谷、1ヶ月後に飯田橋には行くが、だんだん探しにくくなるので、茗荷谷駅に往復2時間かけて取りに行った。
駅員さんはみな親切で、おまけにメトロの運賃を払い戻してくれ、忘れ物を取りに来た証明書を書いてくれて無料で改札を通れるようにしてくれたのだ!
20年近く前にJRの終点まで片道1時間半、小学生1人幼稚園児1人連れて運賃2000円くらいかけて取りに行ったのを思い出したよ。
今日は茗荷谷に3回行った。
1回目は、成績証明書をもらいに。9時半に事務所が開いてなくて、10時からの浅草橋でのカウンセリング勉強会に向かい終わってまた茗荷谷へ。
今度はすんなり証明書をもらい、茗荷谷の駅でSuicaにチャージして、改札を通った時に、どうやら落としたみたいだった。
メトロ東京駅を降りる時に改札を通れず、Suicaを落としたごとに気付くが、その時に茗荷谷駅に電話することを思いつかず。
JRで何とかできるかと思って帰ったのでした。茗荷谷は前も「千駄ヶ谷と間違えちゃいけない」と肝に命じ過ぎてあらら降りた駅は「千駄木」私はどこに行こうとしていたのかさっぱり思い出せず主催者に電話をかけたのでした。
一度家に帰った時にもしや図書館にリクエスト入れた本が届いているのでは、とメールで確認してから本を取って読みながら行ったので、ほとんどよんでしまった。
鎌倉文学館で企画展をやっていた(舞台が北鎌倉駅前の古本屋)。
それが写真1枚目。
話が長いのでここまで読んできて初めて写真が何かわかるのだ。
Suicaを落とした原因は、ヒトコト、詰めが甘い。
きっと財布のチャックをきちんと閉めていなかったのだろう。
効率よくまわったつもりが、まったくの非効率で終わった一日でした。チャンチャン

Suicaを落とす

5000円をチャージしたばかりのSuicaを落とす。
JRに届けたら記名式ならとめられる、と言うので頼んだら2枚ある、と。
今チャージしたSuicaの番号を見てもらったら、両方違うと。
そうか、過去に2枚落としてそのままにしていて、家で見つけたSuicaを使っていたのかよ。
今回のは無記名なので、止めることはできない、遺失物で届けてくれ、と。
あ~あ。めんどくさいけどやれるだけやってみよう

シンプルで素敵なポスターを見つけた。
これもアップしちゃ駄目なのかしら

江ノ電


電車の連結部が丸いし平らだし、珍しい

鎌倉・長谷寺



天気がいいので長谷寺にやって来た。
季節外れのボケの花が咲いていた。
由比ヶ浜が見える。
海が美しい。風が気持ちいい~。

似ている広告


右がマリー・アントワネット展の、左がIDC OOTSUKA(大塚家具)の広告。
一昨日もJR車内で同じ組み合わせで貼られていて似てる~と思って見ていたら、夫から「似てるよね」と話しかけられて驚いた。
「私も似てると思ってたの」と言いつつ、もっと似てるのは、貴方と私…。
そういえば、NHKの朝ドラ「ちゅらさん」で、「柴田」という名の男性が、ある場面で「(あの時と)似てる!」とひとりで回想するシーンがあり次男がはまっていたな。
あれは何回目の不登校の時のことだったかしら…




宿のすぐ近くに1999年に廃校となった旧数馬分校があったので見学した。
校舎内の職員室黒板は、今でも閉校時3月のまま取ってある。
実験道具や裁縫道具、楽器などなど、見たこともないものが残してあった。
何でも美濃部さんが都知事の時代に分校や諸島の教育格差をなくしたい、と予算がついたのだそうです。
校庭のサッカーゴールにバスケットゴールが取り付けてあるのはご愛嬌。バスケットするときにはう~んと近付けたんだろうね。サッカーのままだと遠過ぎるから。
白い校舎は昭和34年築。資金は国、東京都、檜原村だけで足りず、地元の寄付によって建てられたとのこと。
廃校になった今でも愛されているのはその愛着もあるんだね、きっと。
鶏小屋らしき小屋からはにょきにょきと木が生えてたよ

数馬の宿


檜原村のたから荘という秘湯の宿に泊まる。
ゆっくり朝風呂に入る。
窓からスリットを通したような光が入ってきて美しく反射した。
私1人で入浴していたので、服を着て携帯を取りに帰り、ムービーで撮ってみた。
湯の水紋にレーザーみたいに反射している。
もう一枚は部屋の花

半分くらいはこぼれた。
こぼしても気付かない。
気付いても勢いがついているのですぐに手が止められない。
原因はその2つかしら

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